À rebours

てきとうしりある長め

5月 20
“面白がったり、笑い飛ばしたり、何かをたくらむ余裕を持ったり、
大いにしゃべったり、あちこち出かけたり、
エッチであることとか、同時に知に飢えたりだとか、
人に興味を持つだとか、大いに酒を飲んだりとか、
そういったことすべては体力の問題だ。
体力とは、体のどこかに貯めておけるようなものではなく、
自ら日々補給しなければ出せないものだ。

心のどこかで自分に嘘をついている人には体力は貯まらない。
本気で嬉しがったり、感動したり、面白いものに触れたりする、
そうやって得られたものだけが、楽しむためのパワーとなっていく。
それが「享楽的」ということだと思う。

野蛮でないと教養が出せないのと同様に、
知性がないと色気が出ないのと同様に、
享楽的であるにはパワーが要るものなのだ。”

KHAKI DAYS : 森永博志「享楽をあきらめない」 (via matsutake) (via exposition) (via konishiroku) (via lain65) (via jinakanishi)
2010-02-24 (via gkojay) (via f-o-pekoe) (via masaka) (via oosawatechnica) (via uessai-text) (via flightsax) (via noboko) (via plus16hours) (via sskhybrid) (via liefujishiro) (via johnnys) (via constan) (via para-fall) (via arma) (via killipechika) (via fukumatsu) (via dewfalse) (via chord00) (via konishiroku)

2010-10-01

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(via yumingway)

(via yura3x3x3)

5月 16
“否、人々は、ホメロスの世界をもって原始の世界なりとする全く俗流的な一般的見解のために、今やわれわれは再び人類の楽園的な原始に舞い戻ったのだ、という夢想に浸ることができたのである。そしてこの原始においては必ずや音楽もまた、詩人たちがその田園劇でいかにも感動的に物語っているあの卓絶した純粋さと力と無垢を有していたにちがいない、と彼らは夢想するのである。こおkにおいてわれわれは、オペラというこの全く元来が近代的な芸術種類のもっとも内面的な生成を洞察する。一つの強力な欲求がここに一つの芸術を強奪するのである。しかしそれは非審美的な種類の欲求である。すなわち、牧歌への憧憬であり、芸術的で善良な人間が太古蒼昧の時代に存在していたという信仰である。” 156-157ページ、『悲劇の誕生 ニーチェ全集2』、塩屋竹男訳、ちくま学芸文庫、1993年

5月 14
“私[光源氏]はまだ知らなかったのだ。男には恥部など存在しないということが、夜の論理を貫く最大の鉄則であるということを。十七歳の私は未だ男であることに不慣れで、それ故に未知の不安を”恥部”として意識していた。” 85-86ページ、橋本治『窯変 源氏物語1』、中央公論社、1991年

cavetocanvas:

Adolph Gottlieb, Sailor Enchantment, 1945

cavetocanvas:

Adolph Gottlieb, Sailor Enchantment, 1945

(holespolesから)


5月 13
mysticmementos:

beautiful-minerals: Rhodochrosite (MnCO3)

mysticmementos:

beautiful-minerals: Rhodochrosite (MnCO3)

(littlewhitemouseから)


“以前嫁さんと達した結論なんだが、他人に絶対腹を立てない優しい人ってのは、もともと他人に対してほとんど何も期待してないから、期待が外れて「何でこんな事もできないの!?」っていう腹も立たないのであって、そういう意味じゃ優しい人が一番冷たくて怖いよね。”

Twitter / Via_Nirone7 (via deli-hell-me)

(yumingwayから)


5月 12
“すなわち、人々は自然法則については何も知らない。大地にあっても、天空にあっても、必然は存しない。季節も日光も雨も、到来することもできれば、到来しないこともできるものである。一般に、自然的因果性についての、いかなる概念も欠如している。(中略)全自然が、意識的にして意志的な存在の行為の総計であり、恣意の総計である。われわれの外なる一切のものに関して、そのものはかくかくのようになるであろう、という推理は存しない。ほぼ確実なもの、予測し得るものは、われわれである。すなわち、人間は規則的なものであるが、自然は不規則なものである。” 352-353ページ、『古典ギリシアの精神 ニーチェ全集I』、戸塚七郎・泉治典・上妻精訳、ちくま学芸文庫、1994年


wasbella102:

René Quillivic, Le voilier, 1920

wasbella102:

René Quillivic, Le voilier, 1920

(holespolesから)


haughtyspirit:

luz-sonriente:

Siren Song series by Victor Nizovtsev

The siren sings to me
and I am verily compelled to answer,
the song of my heart.

(holespolesから)


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